第11話【花も嵐も】 感動の車窓の娘さん<六十里越街道>


忘れもしない。1994年の夏に東北ツーリングをしたときの話です。
六十里越えの街道を会津に向かって私は走っていました。山深く寂しい峠越えです。

汽車の線路がそばを走っていました。しばらく行くと、私と並ぶようにディーゼルカーが追いついてきました。バイクの方が速いときもあれば、列車が私を追い抜いて行くときもありました。

ふと、背よりも高く生い茂った雑草の向こうを走る列車の窓に、若い何人かの女の子たちの姿が見えました。誰が乗っているのか、どんな人なのかということなど、私は関心に持っていませんでした。

ところがそのとき、道が急坂道になり、ヘアピンカーブに差し掛かるとバイクの速度が少し落ちました。これから峠の上へと一気に登って行こうというとき、カーブが一番きつくなっている。偶然にもちょうど、窓に手が届きそうなほど列車が近づいてきていました。

まさにそのときに、乗り合わせている人たちの顔が、私にはっきり見えるほど近づいた一瞬がありました。

「みんなキャンプに行くのかな」という思いが閃いた瞬間、車窓の向こうからこっちを見つめるひとりの女の子が、手を肩のあたりまであげて、そっと振ってくれたのです。はにかみながら…。

しかし、私には返事をする暇がありませんでした。バイクは木だちの影に隠れてしまい、列車はトンネルに入って見えなくなってしまいました。

手を振ってくれた理由は、ほんのひとときでも、峠道を一緒に走ったという出逢い、そしてそれに別れを告げる儀式だったのかもしれません。そのときの彼女の顔を、私は忘れないように誓いました。

彼女は、きっと旅人でした、旅の仲間を意識していたのかも知れません。恥ずかしそうでした。かすかに微笑みながら、躊躇がありました。きっと思い切ってのことだろう、手を振ってくれたのだろうと思います。

視線と視線が触れ合った瞬間に急いで手を挙げた彼女にむかって、何の返事もできずにすっと離れて行ってしまわなければならなかった私は、どんどんセ ンチになってゆきました。ひとりごとを繰り返し、しばらくの間、自分を失ってしまってホロホロとしていました。短かったけど美しい出会いであり、悲しい別 れでもありました。

六十里越の街道を走ると、ディーゼルカーのあの影と悲しい別れを思い出します。暑い暑い夏のできごとでした。


2006年4月27日 (木曜日)