第17話【花も嵐も】 水沢のうどん小野上の湯<上州>


誰に教わったのか記憶にない。水沢というところがあってうどんが美味いと言う。
そこで、好奇心に逆らうことなく、水沢へうどんを食べるために立ち寄った。1996年の東北ツーリングの途上のことだ。

道端の屋台のようなところでとうもろこしを焼いて売っているおばさんがいたので話しかけた。

「水沢で一番美味しいうどん屋さんを教えてくださいますか」
と私が尋ねると、
「水沢のうどんはどこでも美味しいけどねぇ」
と言いながら、
「若い人だから量が多いところがいいでしょう」
と、まるで母か私に説教をするような面持ちで一軒の店を教えてくださった。
「山一屋さんと言うんだよ」

上州の人は少し言葉の語尾に訛りがあるようで、優しさが伝わってくる。
教えてもらって入った店は、結果的に大満足であった。大食いの私にとって、麺の量に不足はなく十分だったし、味も良かった。醤油の味がいかにも関東らしかった。そして何よりもオヤジさんを気に入ってしまった。

「旨いうどんですね、ダシ、少し醤油の匂いがします」
と私がいうと、みりんと酒と醤油を混ぜて、秘伝の細工を加えて、しばらく寝かすのだそうである。この出来上がりを専門用語で何とかというらしい。薀蓄も聞 かしてくれた。寝かせると醤油の匂いが取れるなど、ダシの講義まで受けた。このころはちょっとしたグルメがマイブームでその話も耳慣れていたような気がし てメモしなかったのが残念だ。

しかし、十分に満足して店を出た。「なかなか意気のいいオヤジさんだったなあ」と、しばらくの間、得した気分で満杯だった。

そのあと、小野上温泉に寄って湯に浸かった。
一緒に湯舟に浸かっている爺さんに、私が
「30年のリフレッシュ休暇で旅に出てきたんですよ。水沢のうどん屋さんでこの温泉を教えてもらって来ました」
と言うと、自分は
「毎日が暇でなあ、こうして温泉に入ってるんだ」
と大声でこたえてくれる。すると隣に浸かっているもうひとりの爺さんが、
「家族のおかげで30年やって来れたんだ。感謝しろよ」
と私に向かって言う。

定年を過ぎた爺さんたちが、私に嫌味もなく、和やかに説教をする。会話はそんなペースで進み、年寄りの昔話に相槌をうちながら湯に浸かっている。

もっともな話が多いし、ユーモアが溢れていて説教も悪くないぞと思う。
それは、説教する人が親身になって、大らかに小言をいうからだろう。聞くほうもストレスを感じることなく、魔術にかかったように素直に頷いていた。