奥飛騨を経て能登半島に行こうとしたことが一度あった。しかし能登は遠い。
奥飛騨を経て行くと少し遠回りになるのだろう、余計に遠く感じる。
この話は能登までいけず「一里野温泉」で断念したときのことである。
あの日は能登まで行けずに引き返してきたので、やや消沈気味だったかもしれない。温泉の近いキャンプ場もなかなか見つからない。「ゼロの焦点」(松本清張著)の舞台となった鶴来町を通って、更に南下しながら温泉が湧いていそうな谷を伝って野営場所を探し続けた。
夕闇が迫るころに一里野スキー場の管理事務所までやって来ていたので、この一角でテントを張ることにした。面白いことはいくつもあるが、二つほど紹介しよう。
まずその1話。
テントの前にあった公衆電話に若いカップルの乗った車がやってきて、女の子が電話を掛けている。
「ねえ、○○子、私、まだそこにいるって、私のお母さんから電話があったら言っといてくれるぅ。今まだ××高原にいるの」
おいおい、可愛い声してねえちゃん、ここは××高原じゃないよ。親も騙す上に友達も騙すのかい。私は心の中で叫んでしまった。ほんとに最近の子はねえ、と思ったものだが、近ごろはこの程度なら普通らしい。
次にその2話。
夜も更けたころ、スキー場の緊急連絡用のスピーカーに村内放送が響く。田舎に行くと電信柱などに備え付けのスピーカーがあるところが多く、この村も例外なく設置してあった。
「村内の皆さんに連絡します。近ごろ親子熊が出没しております。外出の際には十分お気を付け下さい。」
そんなこと急に言われても困ってしまうじゃないですか。私は既にスキー場にテントを張ってしまったんですから。
その晩、テントを出てオシッコに行くにもどれほど気合いと勇気が必要だったことか。
「ツーリングに来てスキー場で野営していた男性が、深夜オシッコに出た際に熊に襲われました」なんていうニュースで名前を出したくない。しかし、我慢はできないので「どうぞ熊さん出ませんように」と心の中で叫びながらオシッコをした。
だが、怖くて早く寝ようと思いたくさんビールを飲んでいたので、オシッコはそう簡単には終わらない。
怖い夜。