第2話【花も嵐も】 感涙の傘松峠<青森県>


東北は遠くて大きい。
その地を走破することへの挑戦が4度目だったか5度目だったか、そんなことはどうだっていい。とにかく私は北に向かって走って、まだ行ったことのない青森県に深く踏み込んで走ってみたいと考えていた。
発荷峠までは随分と昔に来ていたので、こんど来るときには八甲田山をぐるりと回って、下北半島へも行ってみたいな、と夢を膨らませていた。
1986年の旅でこれが実現した。
大湯温泉で泊まって、奥入瀬を越えて八甲田山系に入った。真夏であるのに涼しい。低木に囲まれてた小さな沼の水辺には雪が少量だけ残っていて、空気が白くうっすらと霧状になって流れている。
しばらくして風向きが変わると、これが分厚く深い霧に変化した。真夏に出会う自然の雪に感動させていただきながら、私はのんびりとバイクを進めてゆく。傘松峠の標高を記した峠のてっぺんを過ぎるときには、神秘的な霧はブナ林の中を流れていた。
初めて東北に来たのは随分と昔のことだった。京都を発ち本州の山間部を高速道路も使わずに走り抜けてきた。福島で友人に会い松島まで3日間を要した。久しぶりに真っ青の海を見たとき、熱い感動が私を襲った。若きころのほろ苦い思い出だ。
傘松峠への道程でも似たものがあった。この峠は単なる県境線で、何の変哲もない只の峠に過ぎなかったのだが、旅を幾日も続けてきた果てに出会えた私だけが 感じえる景色であった。だから感動できたのだ。嬉しかった。本州の最果てである青森県へ到達する笠松峠にバイクを止めて、やっと来たことを喜び、ぶつぶつ ひとりごとを繰り返しながら、周辺をうろうろと歩き回った。
私はここから青森県を走り始めるのだ。旅の原点とはこういう感動だといつも思う。感動があるからこそ、その旅の記録の輝き続け、翳らないのだと思う。