第20話【花も嵐も】 寂しい風になりたい<紀州山中>


初めて紀州を旅したときのことです。潮岬の国民宿舎でちょいと珍しい人と同宿になりました。その人は、初心者の旅人である私を刺激しました。

スーパーのバーゲンで飛び切り安い自転車を買い、それでサイクリングをして潮岬までやって来たというのです。チャリダー(自転車旅人)は、有名な メーカーのサイクリング車に乗っているのが普通で、荷物の積み方もサマになってカッコいいなあと思っていたので、ごく普通の格好で旅に来ているチャリダー さんに出会ったときはある種の驚きがありました。

話をしていると、彼はコックさんということがわかってきます。シベリア鉄道に乗ってフランスへ渡り、コックさんの修行を何年かして、国内のフランス料理店で働いたきた経歴があるらしい。

お店を辞めてきたのか、休暇を取ってか、何か深い理由があってのことか、そのあたりをチラチラと話してくれるのですが、とにかく、紀州へのこの旅は無計画にひょいと家を飛び出して来たらしい。

80年代前半のころには、貧乏な旅人が多かったが、ここまで無鉄砲な人は珍しかったかもしれません。

そのとき、私は初めての紀州への旅でした。そんな旅で出会った人がこういう刺激的な人だっただけに、私の紀州での旅は思い出深いものになりました。

引牛越、牛廻越、野迫川村、龍神スカイライン、大塔林道…。どれも今となってはオーソドックスな場所ばかりですが、全国にも誇れるほど素晴らしい ツーリングルートとして旅雑誌などにも紹介されている。世界遺産になってしまったのでちょっと心配な面も出てきているものの、山岳林道も多く、オフロー ダーには楽しい地域です。

これまでに何度もここを旅をしてきました。同じ道を走るのですけど、その都度新しい感動が得られる所です。

龍神村と十津川温泉を結ぶ峠の途中に、ひっそりとした集落があります。秋に訪れると干し柿が(吊るし柿が)軒先にたわわにぶら下がっている。それを見上げることのできるような広い路肩があって、たまたま私はバイクを止めて佇みます。

民家は、急斜面に数軒だけ散在して建っていて、屋根の上に隣家の庭がある状態です。村の片隅によそから来た通りがかりの私が居ることが不自然な感じがする。

しかし、落ち着きます。村の静けさと懐の深さのようなものを感じながら、そこに佇んで居たいのです。

村民運動会の案内のポスターが張ってありました。どんな子どもたちが、どれくらい集まって、どんな競技をするのだろうか。ものすごく興味が湧きます。

そのポスターを見て以来、秋になると狙って出掛けて行こうと思うのですけれど、用事が重なって延び延びになっているのが悔しいです。今でも廃校にならずにあるかな、あの学校。


2006年5月23日 (火曜日)