第23話【花も嵐も】 足音だけ一草庵(松山)<四国>


ゴールデンウィークに四国や九州を目指す人は多いと思います。神戸や大阪からのフェリーの満席率を聞くだけでそのことがわかる。

九州が良かったという人、四国が良かったという人に分かれるようだが、ツーリングの楽しみ方による違いが顕著に出てくると思う。

四国は周回をしてくるのではなく、山岳部、山間部に入って峰々を眺めながらのんびりするのが面白いと私は思う。平家の落人の集落という人もあるらしいが、山の峰々に張り付くように点在する家々には驚かされる。

種田山頭火の終焉の庵である松山市の「一草庵」を訪ねてゆっくり鑑賞しようと旅に出たことがあった。

松山市は正岡子規で有名で、俳句の盛んな土地でもあります。ところが意外なことに、山頭火については案内も乏しくパンフレットにも省略されているのです。でも、タクシーの運転手さんに尋ねたら教えてくれた。さすがプロだなと感心しました。

一草庵には、来訪した人がそれぞれの想いを綴ってゆくノートが置いてあります。

種田山頭火を訪ねて遠路を遥々ここまでやって来る人には、それぞれかなりの思い入れがあるのだなとノートを読むと感じます。一草庵は、観光ルートに 紹介されているわけでないし、ここへ行きなさいと薦めてくれる人も少ないでしょう。自らの意志で山頭火の庵を訪ね来る人が大多数だろうから、思い出を書き 込むノートを綴る人たちの言葉には情熱が篭もっている。感動が溢れている。もしかして感涙に咽びながら書いてません?ってのもあります。

私の念願が叶って一草庵に初めて行ったときは、カメラを持って庵の周りをぐるぐる回ったり、立ったまま垣根を見続けたり、空を見たり、腰掛けたりして時間をすごしました。暫く時を過ごすことに意義があったのです。

スタンプが用意してあることに気づきそれを是非押したかったので、バイクまで戻って地図と句集を持ってきて隙間にたくさん押しました。

普通の民家の間にひっそりと佇むのです。いかにも山頭火らしい。

濁れる水のなかれつつ澄む  山頭火

私の足音だけがコツコツとあたりに響きます。