あの夏、のこと ─ あの橋の向こうへ ─

2006年 07月 06日


別れのときが来た。

ミラーに写るあの子の姿を見て、もうこれ以上走り続けることなどできない、と私は悟った。
さっき、ひまわり畑の脇を走り抜けてきた。でも、そんなドラマのような素敵な場所では止まれなかった。

好きだから連れ去って、遥か遠くまで行ってしまいたい私の本当の心と、やっぱしこの子を幸せにする自信のない弱くて不安に満ちた心の葛藤だ。私のなかにある善人と悪人が格闘をしている。

「何を尻込みしているのか」
「きっと、(キミは)、いい人に巡り合えるよ。若くて素敵な人だよ」
「僕は無力だったよ。幸せになるためには、ここでひとまず休もう」
「言い訳なんかやめろよ」

「キミのことは、僕が幸せにするよ」
私は嘘つきだったのだろうか。

「十年後のきょうも、ここでこうして夜空を見上げているかもね」
そう呟いたあと、君と語りあった君と僕との夢は、いつまでたっても忘れない。

数々の言葉が次々と、浮かんでは消えてゆく。

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初夏の京都で出会って、3か月という短い間に二人で信州をくまなく走りまわってきた。
林檎の花が咲き、やがて青い実がなった。街道にはムクゲの花が天に向かって伸びていた。

「ひろちゃん、ムクゲの花が好きなんだよ」
あの子は自分のことをひろちゃんと呼んだ。

私の後ろにバイクを止めて、彼女はハンカチで汗を拭いた。そのハンカチには南アメリカ大陸の有名な遺跡にあるような大きい鳥の絵が描いてあった。

大空を悠然と飛ぶ鳥。獲物を見つけて急降下する鳥。
そう、ナウシカが風を切って降下してゆく姿のようでもあった。

「これ、ひろちゃんにピッタリのイメージだね」
「うん、そうだろ。鳥のひろちゃんなんだよ、私は」

「僕たち、このままだとセックスフレンドになってしまう・・・・」

これがあの夏の最後の言葉だった。
僕が君を愛する心と、あの星空で語った夢に嘘はひとつもなかった。
でも、そう伝える前に、君は私に背を向けてしまったのだ。

(続)