北風が飛行機雲を吹き飛ばし

2007年 01月 10日


今朝は霜が降りて、田畑が一面真っ白になっていました。車のガラスも凍り付きました。

でも近頃は、舗装道路が多くなって水たまりが姿を消し、小川の土手がきれいにコンクリート化されてしまって、氷が張っているところを見つけたり、それを拾い上げて道にぶちまけたりして遊んでいる子どもの姿を見掛けなくなりました。

子どもたちはまっすぐに一列に並んで通学路を歩いていきます。道草を喰うこともしないで、きゃんきゃんとはしゃごうともせずに歩いている。軍隊の行軍みたい。

本当のゆとりってのは、受験勉強に集中するために無駄と思える科目を省略して受験の余裕を見せることではないし、事故に遭遇しないようによそ見をしないで隊列を組んで歩きいち早く学校に着いて勉強の支度をすることでもなかったはずだ。

受験に関係ない科目に好奇心を抱いて成績なんか気にせず勉強することが楽しかったし、登下校の途中にあぜ道を駆け下りて水辺の生き物を捕まえたり、氷を割ってみたりして遊ぶことが普通の子どもの遊びだったはずだ。
土手にスイセンが咲いてもふきのとうが芽を出しても、今のままじゃ知らないままで終わってしまう。

そんなことを考えながら、ぼんやりと車を走らせていると、真っ白な霜の田畑がやがて朝日を浴びて、麦の緑がキラキラと光り始めた。

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八朔(ハッサク)がたわわに実をつけて、霜に覆われた畑の真ん中にぽつんとありました。ひろちゃんは、八朔が大好きだと僕に教えてくれたけど、僕は一度も彼女にプレゼントをしなかったな。

冬の間はじっとして、コタツでみかんを食べるのが楽しいのだといつも言っていた。暖かくなったら温泉巡りに行くんだと話すことが、彼女がつぶやいた数少ない夢だったのかもしれない。

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ある日、

「ねえ、日向のタンポポと日陰のタンポポの話を知ってる?」

とひろちゃんが私に言うので、

「何よそれ」

と尋ねると、

「タンポポには日向で生まれた奴と日陰で生まれた奴がいるんだよ。日向のタンポポはいつもいっぱいのお日様の光を受けて幸せに育つんだけど、日陰のタンポポは一生日が当たらないんだ。でもね。日陰のタンポポは日向のことを一生知らないんだから、それはそれでいいのよ。日陰でも幸せに暮らしているんだ」

と教えてくれた。

きっと彼女は自分が日陰のタンポポなんだと言いたかったのだろう。

でも、きっと今頃は花畑のある小さな家で、チューリップの球根が芽を出すのを毎日楽しみにしているような気がする。

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朝は寒かったけど、ガラスを通して日が当たるこちら側は、昼間になるとポカポカと暖かいのです。

私のデスクからは天窓を通して空が見える。その窓はサンタさんがやっと入れるほどの小さな窓で、晴れた日にはいつもガラスの向こうに白い雲と青い空を切り絵のようにくっきりと見せてくれるのです。

この小さい窓枠から見上げる青空もあれば、今すぐ外に出て100メートルも駆けてゆけば広がる海の、でっかい干潟の上に広がる青空も私の青空だ。

ふと、そんなことを思い浮かべてたあと、ひろちゃんは元気かなと思いました。

つづく