終楽章(6) ─ 白いベール ─
2007年 06月 29日
この世に悪魔のような天使がいるならば、もしかして、アイツはそうだったのだろうか。
白いベールを纏わずに、決して冷たい視線も放たない。アイツは、ちっとも美人ではなく、そばかすだらけで色白で、人ごみの中じゃ目立たない普通の女だった。
自分のことを日蔭のタンポポなんだと蔑んで、決して日向のタンポポにはなれやしない運命にあるのだと言っていた。私は日向に出ることなど一生ないだろうと言っていた。
ムクゲが好きだと話した後で、好きに理由などないのだと嘯いてもいるのだ。人の心を奪っておきながら、自分はその可憐な白い花のように横顔を見せて遠くを見ていた。
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電話をかけてよこした夜に、別れ間際に「エロ、変態おやじ」と叫びやがった。人が今でも好きでいることを知っていながら、悪人ぶって役者をしてた。
「ええ、そうですとも。私はアナタと一緒にエロで変態な時間を過ごしましたよ」
そう言ってやりたかったね。
受話器を投げ捨てる短い時間に、過去に過ごしてきた捨ててしまいたいほどに醜い時間が甦る。
「でもな、オマエもあの夜のことは忘れないだろう」
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小学生のときに出ていった母は、父に殴られた送る日に姿を消した。殴った父は悪人で、母は悲劇の人だった。それが、或る日、或るとき、説明してくれたオマエさんの母親像でした。でも、あとになってあれは作り話だったんだってことに気付いたのよ、私は。
どうやら、事実は逆だった。母にはオトコができて、その果てに家を出ていってしまった。父の暴力はその母への怒りだったのだ。そう、可哀相だったのは父なんだよ。
父はオマエのことを本当に心配している人だったのに、オマエは私の前で父を悪人だったと語り続けた。
(どうしてだろう・・・・オマエがその母に似ていることを、オマエは気づいていたからなのかい)
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ねえ、手をつないで歩こうよ。
私たちはもうすぐ結ばれるんだから。
お魚がキライな私でも、アナタの好きなお魚を毎日食べさせてあげるから。
飲めないお酒も少しは飲んで、ダンスだって踊ってあげる。
私は、私の母も父も妹も忘れてアナタのもとに来ますから、アナタも今の家族を捨てて、私を連れて新しい人生へと踏み出して。
苦しくて忌々しい過去や貧乏だった多摩川沿いの惨めなアパートの暮らしは忘れることができると思う。
「だから、早く、奥さんと別れてきて」
アイツは何度も何度もそう言いながら、指に指を絡ませて、あの夜も私の薬指から指輪をするりと抜き取ったのでした。
(続く)