長い夜

2007年 11月 13日


ひろちゃんの日記をあのままストンと終わってしまうことにひとつの美学を感じながらも、実はまだまだ語り尽くせなかったことが幾つかある。あれだけ心も身体もとろけるように魅せられながら、悪魔のような女だったひろちゃんが心の中に居るのだ。

11月の、もはや、秋とは呼べないほどの寒さだった朝早くに、琵琶湖の東岸から伊吹山が赤く染まるのを仰いでいた私たちは、お互い口には出さないものの、それが最後なのだという決心をしていたのだろう。

夏の終わりに一緒に旅した海で私が撮影してやった飛び切りのできばえで、可愛く撮れたあの子の写真を、背中を摺り寄せるようにして腕を組むふりをして彼女のポケットに仕舞った。大勢の人が集まる中での秘密の「さようなら」だった。

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あの子は、いつも、人気者だった。可愛くて、猫のように人懐っこく話をしてくれたので、友だちもたくさんできた。でも、ほんとうの友だちは、もしかしたら多くなかったのかもしれない。

ときどき、寂しそうな目で遠くを見つめるあの子の横顔が、私は好きだった。もっとそばにおいでよ、といって腕を抱えて私を引き付けた。それが無性に可愛かったけど、それ以上に、その裏に秘めている彼女の悲しい生い立ちの物語を聞いて放ってはおけない衝動を私は持っていたのだった。

あの子が身の上話をし始めた夜のことを、今でも鮮明に思い出す。悪女であろうと、黒い天使であろうと、私には不問だった。この子を連れて遠くに行こうと、言葉ではなく私の身体が反応したのだった。しかし、あの子はあのとき、どこまで私を犯してしまうかを考えてはいなかったのだ。

「ひろちゃんはほんとうは可哀相な子なんだよ、お母さんも何処かに逃げていってしまって、父さんが育ててくれたけど、でも父さんはひどい人で…内田春菊のファザーファッカーみたいだったの。18歳で家を飛び出たので、今は頼る人も居ない可哀相な子なんだよ」

そんな話を始めたところから長い夜は始まったのだった。

(続く)