悪女

2008年 01月 21日


長い夜が明けて…。

時間はコツコツと正確に刻まれ、人の気持ちの濃淡にかかわらず現在は過去になってゆく。
コツコツという音は都会の駅の階段を登る女のハイヒールの足音のようであり、時を刻む柱時計の音にも似ている。

二十歳の頃から私はハイヒールが嫌いだった。だから、ハイヒールを履いた女も好きになってはならないというようなルールを自分のなかに持ち続けていた。

コツコツと時間を過去へと追いやってゆく、あの華麗な靴で階段を駆け上がるときに、その人の美で包まれた人生の裏を、ちらりと見えてしまった靴底から、まるで人生の裏まで覗いてしまったような不快感に襲われて、それが理由で好きになれなかったのだろう。

悪女という言葉がある。男にはそんな言葉はないなと思いながら、ひろちゃんの方を見ると、可愛い笑窪をピクピクさせて私を横目で見つめていた。

「見ているだけでいいの。でも、やがて、見ているだけじゃ我慢できなくなる。あなたは奥さんを棄ててよ、私は東京を棄ててもいい。二人で行くのよ、遠くへ!」

この子にハイヒールなんて洒落た靴は似合わない。でも、飛び切りの悪女だな…と、私は、このころから次第にそう感じ始めていた。