別れの断章

2008年 03月 04日


ひろちゃんは訴えるように喋ることもあれば、ひとりごとのように穏やかに語ることもあった。

暴力をふるう父のこと、逃れられず泣いていた母が、あくる日に家を出ていってしまったことなどを話してくれたことがあった。小学生のときだったという。

高校時代には生活資金に困ってバイトもした。疲れ果てて体調を崩し机に寄り掛かるように眠っているひろちゃんを見た担任が、やばい夜のバイトをして子どもでも堕したんじゃないか、って暴言を吐いた。苛められやすいタイプだったのかもしれないね、とひろちゃんは諦めたように呟く。3年のときに先輩に巧く騙されてヤラれちゃったし。

高校を卒業してからは多摩川沿いの土手の傍にあるボロアパートに住んで、父の性的暴力から逃れていた時期もあった。専門学校に通い始めるものの学費を稼ぐのが大変だったのだが、そんな折に父がアパートを見つけて、僅かな自分の稼ぎにたかろうとするのが悔しかった。

怒りと哀しみが交錯する日々を送りながらここまで生きてきた。

そんな話をひとしきり済ませると、あなたに逢えてホッとするよ、と言って優しく握っていた私の手を再び強く握り直し、静かに息をしているのが私にはわかった。

夜は静かに過ぎてゆく。その静けさが、暗闇からの叫び声よりも遥かに怖く感じられて、眠ろうと思えば思うほどこの恐怖が私を眠らせてくれなかった。

眠れない夜を一度経験してしまった人は、そんな夜を再び迎えるのが怖くなる。時間に押しつぶされて、その場に置き去られていってしまうような幻想的シーンが渦巻きのように頭の中を駆け巡るのだった。

しかしながら、時間は確実に過ぎてゆく。やがて空が白み始めて朝が訪れるのだろう。そんなことをぼんやりと考えながら少しうつうつとしたのかもしれない。体じゅうの力が抜けて、天から突き落とされるような夢を見ているときに、騒がしい野鳥の声が耳に飛び込んできて私は目が覚めた。

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私たちの旅は、別れの旅だ。

朝に目覚めてひとときを過ごしても、日が暮れるときにはお別れしなくてはならない。きのうの朝に旧い宿場町の一角で待ち合わせて、緩やかな時間を二人で感じながら駆けてきた。峠道で佇みながら遠くの雪を被った山々を眺めたり、せせらぎに耳を澄ませて時を過ごしてきた。

バックミラーにひろちゃんの笑顔が写っている。それを確認しながら街道を走ってゆく。言葉の要らない時間が過ぎてゆく。

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別れの瞬間は、いつも雨降りだった。

ここでお別れね。あなたは峠の向こうへ、私はこちらへ。しばらく会えないけど、また必ず会えるよね。次に会うときには、ずっとずっと遠くへと旅に出ようよね。

そう彼女が思っていたかどうかはわからないけれど、峠の駐車場でお互いが反対方向を向きながら、どしゃ降りの雨の中で見つめ合って別れを惜しんだ。

バックミラーに写った後ろ姿が雨に霞んでゆく。こんなに切ない旅の終わりはかつて一度もなかった。