番外編

2008年 10月 25日


番外篇

そういえば、ひろちゃんの寝顔をゆっくりと眺めたことなど、一度も無かった。
走り疲れてテントに潜り込みマットにごろりと横になって、猫のように身体じゅうの力を抜いて寝てしまうあの子は必ず私に背中を向けていた。

寝顔を見せようとはしなかった。それは恥ずかしいからという子どものような気持ちだけではなく、野生の動物が外敵から身を守るときの緊張した眠りにも似ていたかもしれない。自分の人生を垣間見られるのを拒んだのかもしれない。

テントの外で風がざわついているような小さな変化にも、目を醒まして寝言を呟くようにしてから眠ってゆくことがあった。時には、あらゆる緊張の糸が切れたように寝姿を乱してしまうこともあった。しかし、どんなときでも無意識に寝返りを打ち、夢の中で魘されまいと頑張りながら丸まっていた。

そんな寝姿を強引には見つめることなどできない。闇の中で目を閉じて、私は、ぼんやりと寝息を聞いていることが多かった。

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お母さんは父さんに蹴られた次の朝に私たちを棄てて家を出て行っていなくなったの。残された妹は父さんに大事されたけど、私は嫌われっ子だったわ。ファザーファッカーっていう内田春菊の小説みたいだったんだよ。バイトで疲れて、学校で居眠ってしまったら、先生が、オマエなぁ夜の仕事が忙しいんだろう、ってみんなの前で大声で言うの。あるとき、疲れのせいで気持ち悪くなってオエオエしてたら、妊娠してんじゃねぇか、とも言ったんだよ。担任がだよ。ひでえ先生だったよ。

父さんは私のバイトの金を盗むしさ。そんな小説みたいな暮らしには飽き飽きして家を出たの。多摩川の土手の傍にあるオンボロアパートで暮らし始めた。ミニバイクで専門学校に通ったわ。父さんは追ってこなかったけど、ひとり暮らしでお金には困った。いかがわしいバイトの一歩手前くらいまではやったんだよ。大丈夫、そこまでだから。

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深みに嵌まるという言葉があるように、この子の話を聞きながら私はこの子を私の元から遠くへ離してはいけないのかもしれないと直感した。ドロドロとした沼に沈んでゆくように私の想像は彼女の人生の過去の部分まで及んだ。一刻も早くこの子と一緒に沼から這い上がって明るい光の当たる森を散歩できるところまで、辿り着かねばならない。しかし、手を差し伸べることが未来を捻じ曲げることかもしれない…。すぐにそのことに気が付いたのに、深い森を彷徨うことから私は抜け出れなかったのだった。

あの子は人生に疲れていたのだろう。誰からも大事されずに、友だちだって偽りの仲間ばかりで、しかも多くの人に裏切られ「学校の帰りに先輩に騙されてやられちゃったんだよ。かわいそうっだよね、ひろちゃんって…」と泣きそうな顔をしながら話した夜もあった。泥のように眠っていた背中が小さく見えた。特別に可愛いわけでもないし、綺麗にしているわけでもない。女らしさもない。色白でそばかすがいっぱいあって、笑うと笑窪ができる子だった。

機嫌が良くなると、「日向のタンポポと日蔭のタンポポ」の話をした。自分は一生、陽光の当たらない日蔭のタンポポであり、日向のタンポポのことはわからない。でも、幸せだと話した。

あれは偽善心だったのだろうか。

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別れのときにはいつも雨が降っていた。旅を終えてひとりの部屋へと戻ってゆかねばならない。そんなときに、いつも彼女の言葉が甦った。

「父と妹とは離れて暮らしているから、もう煩うものは何もないけど、騙した男たちが憎くて仕方ないこともあるよ。でも、そんなことはもうどうでもいいの。許すとか許さないとか、そういう問題じゃないの。私は生きなきゃいけないんだよ」
「素敵な男がいたら、奪ってしまうことは構わない。私の周りにはそんな汚く見えても必死で生きている女ばかりだよ」


淫らで鬼のような形相で父と口論をしてお腹を殴られ、家族を棄てて出ていった母。その後に残された妹には優しく接して、自分だけを苛めた父。ひろちゃんにとって世間の本態は、温かい人々の集まりなんかではなく、憎しみ合い、隙があれば陥れや突落しもありで、お互いを騙して生き抜くところであったのかもしれない。そこで、天涯孤独で可哀相な自分をどうしても演じる必要がひろちゃんにはあったのではないだろうか。

猫のように擦り寄って甘えてみたり、時には底抜けなひょうきんさを演じて見せたり、誰とでもすぐに仲良くなれる人懐っこさも持ち合わせていた。反面、小学時代にあのような不幸があったこともあってか、野生の生き物のような目を持っていた。抜け目の無いすばしこさがあった。つまり、その裏には想像以上に狡くて執念深かった。しかしながら、それをさて置いても、私は彼女のことを黒い天使のようだったと思っている。不思議な魔力だった。

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実像。それを、あとになって少し知ることがあった。

つまり、話に聞いていた一連の内容は全く逆であり、悪に満ちた父の実像は、ほんとうは優しく母性に満ちたものだった。そして、暴力的な父に追われるように家を出た気の毒な母の実像は、身勝手三昧の挙げ句に子どもを棄てて男のもとへと逃げて行った女の姿だったのだ。

苦い生い立ちのなかで、生きるために人を欺き、幸せを手に入れるためには手段を選ばない、そんな女であった。

でも、今はもう、許してもいいと思っている。