秋 (その子のこと)
木枯らしに追われるような別れなり 猫柳
あと数日でその山には雪が積もるだろう。そんな山里でひとりの女〔ひと〕と別れてきたことがある。もう二度 と会えないし会わないだろうとお互いに確信しながら、冷たい風に吹かれて、その場を去った。〔2002.12.1/記〕

昔を回想して「比叡おろしが吹いていた」と書けば、如何にも物悲しくせつない響きを誘うが、実際にはそれほどの風が吹き荒れた日ではなかった。秋も深まりつつある、あれは確か11月の初旬だったと思う。琵琶湖の湖畔で再会をした。伊勢志摩を案内したときの写真を人目を忍んで返して、後は何もなかったように言葉を交わした。
一時期に燃え滾った情熱は、彼女の中ではおさまりきらず、焦りとなって私に襲いかかった。私には彼女を受け入れるだけの力がなかった。この激しい感情をこのまま受け続けたら空中分解になってしまうと感じたのだろう。夏のある日、別れる話を彼女にした。その後の2人の間での葛藤もさることながら、私の悲しみは痛ましく深くかった。
夏が過ぎ、秋になっていた。写真を返すためにもう一度だけ会って、それで別れようと決意していた。もう二度と会えない人なんだと理屈で分かっていながら、時々、便りも出したし、返事も届くことがあった。彼女は幸せを取り逃がしたとは思っていなかったようだが、何度か繰り返してきた激しい失恋と縁を切りたいと思っていたのだろう。結婚願望が一層大きくなったと言っても過言ではなかった。〔12月7日/記〕
ある日、あの子が話してくれた昔話があった。高校3年生の秋、山手線とある駅で、学校帰りにひとりの人に会った。成り行きで彼のアパートに行き、半ば犯されるようにやられた。「私って人が良すぎるのかなー」と言う。「強姦だったんだよ、あれは…。」 お金がなくて大学に進学できず専門学校に行きながら仕事を始めた彼女は、多摩川の土手に近いぼろアパートに引っ越し、父親と別居生活を始めた。
幾度も男にだまされた。職場では可愛がるふりをして、食事に誘われたりドライブに誘われたりして、一度抱かれたら棄てられた。金をせびられたこともあった。ありったけの貯金を貸したのに、トンズラされたこともあった。海辺のホテルで暴力的にやられて、引きちぎられた服のまま道路に飛び出し逃げて帰ったこともあった。
甘い言葉にすぐ乗って、からだを許してしまう愚かな自分を、あまり多くは語ろうとしなかったが、今度もまたひとりの男に棄てられてしまった。細い糸でありながらも音信が続く男と、木枯らしの吹く湖のほとりで別れた。初めて会って肩を並べで湖面を見下ろした日々などロマンでもなんでもない。忌々しい思い出であるだけだ。からだじゅうがアザだらけだった。
ふたりが別々の方角に向かって走り出したときに、田んぼの向こうをディーゼルカーが警笛音を響かせて走ってゆくのが見えた。あの日はあそこを蒸気機関車が走っていた。バックミラー越しにふたりが感動を伝え合った日はもう終わったのだ。
〔次章に続く〕