別れの風景(1) 【カットバック】  

2006年03月16日


時刻は16時を回った。最終バスが岬の先端から小樽の街に帰っていく時間だ。

「もう帰らなきゃ」

女の子はそう私に教えてくれる。しかし、私は帰りたくなかった。自分でもこれといえるような理由などなく、ただ、わがままを通したかった。だから、今夜に泊まる宿屋のことも、駅までのバスの時刻のことも気にしていないそぶりをしていた。旅に出て初めての衝動だったかも知れない。離れたくない気持ちが私のさまざまな不安を吹き飛ばしてしまっている。

女の子は続けてしゃべった。

「早くしないとバスがいっちゃうよ」

そう言ってくれても私は「ヒッチハイクで帰るから」と答えて、強引に彼女のそばを離れようとはしない。主題のある話をするわけでもない。名前を聞くわけでもない。顔をじっと見つめたわけでもない。私の体は自分の理性や抑制心を無視して、その子の発散してくる新鮮さを掴もうとしている。心の本能は体までをも支配し、私は金縛りにあったようにそのバス停にとどまっている。

こうしながら私は最終バスを見送った。小さなバスの待合い室の前の売店の女の子は、とても愛想良く私と話を続けてくれる。私が去ってしまえば私のことなどはその場限りで忘れ去ってしまうかも知れないのに。

真夏の日はまだ暮れるほどではなかったが、ひとしきり話した私は彼女と「さようなら」をした。何とかなるだろうという気持ちで、ヒッチハイクをさせたものは、私を動かした衝動であったのだろう。

止まってくれる車を幾台も代わりながら小樽に着いた時はすっかり日が暮れていた。名も知らぬ彼女に手紙を出すために私は駅の売店で葉書を買った。しかし、手がかりは何もないままだ。待合い室でひたすら思案に暮れた。