第16話【花も嵐も】 タラの芽<奥飛騨にて>
ゴールデンウィークの天気は、西の方から低気圧が移動してくることで雨と晴が交互にやってくる。教科書通りに天気概況が変化してゆくので有り難いけど、長い旅を続けるツーリングライダーは、旅の途中で必ず雨に遭遇することになる。
昔、信州を旅したときにこの雨を避けて東へ西へ、南へ北へと広い地域を行ったり来たりしたことがあった。あとで思い起こせば、無計画な旅だからこそ、朝の空模様を眺めて行先を決めてやればいい。ここに無計画でひとり旅の醍醐味があるといえよう。
まったく予想もしていなかった観光地や温泉地の情報を教わって、突然立ち寄ったこともあった温泉などが思い出深くなることもある。まだひとり旅を始めたばかりのころのことだ。
三寒四温といわれる季節は過ぎていても、信州あたりではまだまだ寒い日がある5月の初旬である。高山植物や草花は、まだツボミで新芽も硬かった。融雪が進まず幹線であっても路肩の土砂が崩れたままの峠も多く、通れたとしても補修工事中のことがある。
卒業以来で、会えば久しぶりになる友人が奥飛騨の五箇山ユースホステルに泊まるという連絡をくれたので、懐かしさのあまり会いたくなった。私はそのときに甲州を旅していたのですが、一夜明けて奥飛騨へと向かおうと決心を変えていた。
甲州街道を通って諏訪湖岸へ。そして松本盆地から平湯峠を越えて飛騨高山へと急いだ。高山市から白川郷方面へは天生峠を越えることにした。
五箇山までの最後の峠である天生峠には、断崖絶壁の下に転落しそうな危険箇所が数多い。そこを必死の思いで回避して走ってゆく。
合掌づくりの里を見おろせる谷まで降り立ち、ほっとひと息をつく。五箇山ユースホステルまであと数キロという山村道で、道脇の斜面にひとりの女性の姿を見つけた。
「何をしているのですか」
と声を掛けた。
「タラの芽を摘んでるんです」
という。
ぽかぽかと柔らかい日差しの中で、たったそれだけの会話だったが、それが私のタラの芽という美味なるモノとの初めての出会いだった。これをきっかけに春になると、私はタラの目を摘みに出かけるようになる。旅をするときに、小さな自然に目を向けるような余裕が芽生えたのだ。
もしも、彼女に声をかけなかったら、私は「タラの目」という春の味覚にも出会えなかっただろうし、自然というものに目を向けることもしなかっただろう。
たったひとりの女性が、自然と触れ合っていた姿が刺激を与えてくれたことになる。
「多くを摘まないで、必要なだけ摘んでゆくんです。あとは来年の芽になりますように。」
そう、静かに、ニコニコと話しながら、芽を摘む愉しさとそれ自体の美味しさを私に教えてくた人は、ガサガサと斜面の茂みに踏み込んで、藪の向こうに消えて行ってしまった。