第26話【花も嵐も】 ひっそり・鎧駅<山陰>
日本海の波の音には哀愁がある。そんな気障な台詞を呟いてみたくなる。山陰地方の鎧駅でのお話です。
小さな入り江を見下ろす高台で蒼い海に向かって立ってみて、私は、宮本輝の「海岸列車」のひとつの場面を思い出していました。駅舎から反対側のホー ムに渡ると海が真下に見下ろせて、曲がりくねった道がその崖の肌に一筋となって海岸まで繋がっている。コンクリートで整えられた入り江の一角に漁業協同組 合の倉庫があります。小説で読んだとおりの風景でした。
山陰を語り始めれば、必ずここの景色と小説のことに触れてしまいたくなります。
「そんなにいい所なのですか」
と誰にも聞かれます。
「まあ、はっきり言って何もないけど」
そう答えることにしています。
ぼんやりと海を見下ろしながら、名も知らぬ花を眺めるわけでもない。ホームの上を行ったり来たりしたり、駅舎の広告の張り紙を見たりしている。
そうこうしているとディーゼル列車がやってきました。乗客が数人降りるだけです。反対側から来た列車と行き違いの儀式を済ませると、またトンネルに消えて行きました。
そして、なんとも言えない余韻がいつまでも続きます。