わかれの断章
2007年 07月 16日
【真っ赤なバラ】
いつもの花屋の前で立ち止まって、小さな鉢に植わった色とりどりの花を眺めていることが多かった。
あの日も二人で映画を見た後に、お気に入りの路地を通って坂道を下って、石段をトントンとじゃんけんしながら降りてきた。
そしていつものように花屋さんの前で立ち止まり、赤い小さなバラを取り上げて「キミのようだね」と猫太郎は言った。
猫太郎:「一輪の赤いバラ。花言葉は何ていうのだろうね」
ひろちゃん:「知らないわ」
猫太郎:「花言葉よりも、この花の真っ赤なところが好きさ」
ひろちゃん:「・・・・」
猫太郎:「鉛筆を片手にイラストを描いているとき、ときどき考え込んでいるキミはこのバラのように静かで綺麗だよ」
【猫太郎の手記】
いつの日にどこかで再び逢える日が来たら、
ぼくは君のことを
あのときの赤い薔薇と一緒に思い出すだろうね。
ぼくのプロポーズに、
黙って何も返事をしなかった君だけど、
今はちっとも恨んでないから。
あのときぼくはあの薔薇の花を、
君に贈ることができなかったのは、
ひとつの運命だったのかもしれない。
夏が来て、
庭の薔薇が咲くたびに、
ぼくは君を思い出してしまうのさ。
【ひろちゃんの手記】
わたしは何を急いでいたんでしょうか。
大人のくせに、
醜いところばかりが大人ぶって
ほんとうは、あなたのことなど何もわかっていないくせに
ギャンブルのように夢中になったのよね。
あの夏の日の出来事は、もうすべて終わったの。
振り返るつもりもないし、記録に残す気もないわ。
そういえば、
遠くの寂れた街であなたと待ち合わせて
旅をして、分かれてゆく。
その繰り返しの幕切れはいつもどしゃ降りだったわ。
もう、雨降りはごめんだよ。
わたしはこれから幸せになりますから。
さようなら。