終楽章が書き出せない 【鶴さん・ひろちゃん】
4月の初旬から、
「鶴さん」と「ひろちゃん」の続きを書かずに置いている。
物語の最終楽章は、決してグランディオーソ(grandioso)をフォルテシモで駆け抜けようと考えているわけではない。
むしろ、私にしたら大きく息を吸って勢いよく書き出しながらも、繊細で震えるように消してゆきたいというように、考えていたこと
もある。
しかし、
そう簡単には書き出せない。
いつまでたっても、最終楽章に取り掛かろうという気持ちになれないまま、幾日もが過ぎてゆく。
ストーリーは、わかっているし、決して面白いものでもないのだから、そそくさと終わらせてしまいたい。
・・・・というものの、自分に納得のゆく余韻が得られないのだ。
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理由は簡単だ。
物語が終わってしまえば、再び生き返ることがない。
中途半端でもいいから、このままで「続く」としておきたいと、私は心のどこかで思っているのだろう。
終わりのないドラマにしておけば、いつまでも夢の中を彷徨えるのだから。
どうしようもなく眠れない夜に、身体の髄まで酔いしれてしまったならば、書き出すことが出来るのかもしれない。
静かな夜が、あらゆることを思い出させてくれるという、魔術に似た力をくれるような気がする。
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| 2007-05-03 18:31 | 深夜の自画像(詩篇) |