7月22 日号 大暑篇
仕事を終えて鈴鹿山麓リサーチパークの周回道路から国道306号線に向かって走ると、四日市市の高い煙突が街の明かりの向こうに見下ろせる。
人々の暮らしは、海から陸へ上がり丘に向かって広がってきて、鈴鹿山麓の大丘陵地帯の山里の森の中にたくさんの住宅地をつくって営まれてきた。大都会と比べるとささやかではあるものの、工業技術主体の経済社会の発展が生み出した小さな歴史とそのマップであるのだろうと思いながら丘陵地帯を走る。
高原の風を感じる。そんなデジャブのようなものを感じることがある。窓を開けて車を飛ばすと、森の木々が放つ香りが飛び込んでくる。松林と杉林では匂いが違う。雑木林にもまた違うモノがある。人々の暮らしをまるで色分けするように、工場地帯の煙突と住宅地帯の明かりが並んでいる世界へと、私は急降下をしてゆく。
高原の風は、やがて湿気を帯びて、排気ガスにまみれてくる。揺らめいていた明かりが間近に成ってくると、私は窓を閉めてエアコンのスイッチを入れる。このまま、高原の道を走り続けていたいものだと悔やむような気持ちがある。
バイクで旅をするときには、その悔やむ気持ちがいつまでもどこまでも不要のまま走り続けることができる。人は、現実があるから、デジャブという概念を持てたのだろうし、不幸せがあるから幸せを感じるのだが、幸せばかりの世の中ではそのダイナミックレンジをスキャンする能力に狂いが生じる。イニシャライズの手法は様々だが、世直しは必要なのかも知れない。
--
電気の明かりというモノがなかった時代、おそらく、ここで感じる高原の風と同じような風が、人々の暮らす街の中でも吹いていたに違いない。抵抗さも出来ない夏の暑さに立向かうために、理論という概念のないながらの科学的対処や非科学的戒めなどを信じていた。夏の暑さを思うとき、賢治が書いた「おろおろ歩き」を思い出し人の心の美しさとたくましさを想像してしまう。