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アジのタタキ 9号

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お前がやれ!
 
 大学の少林寺拳法部にいたとき、ある日の何時だったかに集まることになっていた。
 ゴミ拾いをするんだったかポスターを貼るんだったか、とにかくろくでもないことをやる予定になっていた。

 誰がやってもいいようなことで、行っても行かなくても大差ないようなことに思えた。
 面倒くさいし、僕は行かなかった。

 だけど、そう思うヤツが多すぎたので、当日集合したのは2〜3人だった。
 その事実を知ったとき、マズったと思ったけど、後の祭り。
 優しくて思いやりのある副将が、後日の練習後の部員全体に連絡する時間に言った。
 
 「正直者がバカみるようなクラブにしとうないけんのう。」
 
 これはこたえた。
 あの副将にあんなことを言わせてしまった。
 あんな悲しそうな目をさせてしまった。

 その後のコンパのとき、副将に酒を注ぎながら謝った。
 副将に謝ったからといってどうにかなるわけではないけれど、そのままにしておくことができなかった。

 あのとき面倒がらずに行ってれば良かったんだ。
 たいしたことをするわけじゃなかったんだから。
 行かなかった同期のヤツらも、機会をみて副将に謝っていた。

 みんな思いは同じだったんだ。

 損得勘定じゃない。
 副将に悲しい思い、つらい思いをさせた原因をつくった自分たちが許せなかったんだ。
 
 自分がやりたくないことは、誰もがやりたくないことだ。
 でも、誰かがそれをやらなければいけないときに、自分以外の誰かがやってくれたらラッキーと思ってちゃダメだ。

 彼はそれをするのが好きだからとか、彼女がそうするのは趣味だからってことは、まず無い。
 できればやりたくないけれど、仕方がないからやっているにすぎない。

 誰だって、楽をしたいんだ。

 いつまで甘えているつもりなんだ。
 親に甘え、友人に甘え、他人に甘え、学校に甘え、社会に甘えて、どこまで逃げるつもりなんだ。
 逃げて逃げて逃げ続けることは、向かっていくことより大変なことなんだって分かってるかい。

 自覚があるのなら、自分がしろ。
 
 阪神大震災が起こったとき、知人が仕事を休んで駆けつけた。
 親戚がいたとか友人がいたとかじゃない。
 困っている人がたくさんいるのは間違いないんだから、どんな小さなことであったとしても、自分にできることがあるはずだという思いからの行動だ。

 彼の行動(いや、むしろ衝動か。)は、何もできない自分を認めるのがイヤで、社会の役に立っているんだという自覚(錯覚?)を得て少しでも安心できるように偽善者ぶってするような、単なるボランティアじゃない。

 困っている人を助けるのはあたりまえじゃないか、という単純な理由からだ。

 そんなことは分かっていてもできるもんじゃない。
 だけど、できるヤツもたくさんいる。
 
 やろうとしてもできない自分がいる。
 決して認めたくない自分の弱さが見える。
 そんなときだよ。
 強くなれるのは。

 自分の弱さを自覚して、ひとつひとつ弱さを克服して行くんだ。
 本当の強さとは、誰かと比べないと分からないような相対的なもんじゃない。
 基準は自分自身だ。 
 
 占い師が一部の人にもてはやされるのは、何かいやなことが起こったときに、その原因を星や前世のせいにしてくれるからだ。
 いやなことの起こる原因のほとんどは、その本人自身の言動によるところが大きいに決まっている。
 だけど自分に原因があることを確認したくないから、占い師のお世話になって、自分をごまかしているだけだ。

 自分自身に原因がある、自分に責任があることを認めることは、ものすごくつらい。
 でも、そこからだ。
 自分の信頼できる自分をつくっていくのは。
 
 正しいと思うこと、誰かがやらねばならないこと、そういうことが気負うことなくできるような、強くて信頼できる自分になるよう、もっともっと鍛えなくちゃいけないんだよ。ウン!

 
  

8号 我慢しろ!  ◆ ◇ ◆  10号 続けろ!
 
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