足場を固めろ!
そろそろ自分とは何かということを本気で考えても良い頃だ。
その時々で答えが変化していくのはかまわない。
また、そうでなくてはいけない。
だけど、何度も何度も考えているうちに、自分の存在というものが、だんだん明らかになってくる。
その時々で変わっていく部分と変化しない部分が見えてくるようになる。
この自分というものが分からないと、何をすれば良いのか分からなくなったり、不安になったりする。
不安なままで生きていたくないから、その不安を忘れるために、「今が大事。今が楽しければいい」とか言いながら刹那的な快楽に溺れたりもする。
または、怪しげな集団に取り込まれて、その集団の中では自分という存在を認めてもらえるから、とても安心したりする。
それがだまされたものであっても、もはやその人にとっては、そんなことどうでもよくなる。
だって、だまされていることを認めると、また不安になるから、それよりはたとえ嘘であっても、それを心から信じて、安心な毎日を送りたいと思ってしまうに決まってるんだ。
自分の存在というものが絶対的なものなのか、相対的なものなのかということも考えなければならないのだろうけど、こんなことを考え始めると、とんでもないことになるので、とりあえず、自分がどういう世界に存在しているのかを考えよう。
今は、宇宙の中にいて、銀河系の中にいて、太陽系の中にいて、地球にいて、日本にいて、三重県にいて、○○市にいて、△△町にいて、□□家族の中にいる。
場所ということを考えると、こんなところか。
だけど、津高にいて、1年7組にいて、◇◇部に入ってて、というようにいくつかの集団の中に存在していることが分かる。
それだけじゃなくって、友人の関係があったり、特定の人との関係があったり、犬や猫と関係があったりする。
文通相手がいるかも知れない、メール友達がいるかも知れない。
一方通行であるけれど、ある作家のことをよく知っていたり、Jリーガーのことをよく知っていたり、あこがれている人物がいたりする。
こういうふうに考えていくと、本当にたくさんの存在との関わりの中に自分が存在しているのだと気づく。
しかも、それらの関係は「今」だけのことじゃないから、過去や未来の関係もある。
何気なく生きているだろうけど、それこそ膨大な関係の中で人それぞれが違う世界に生きているんだ。
当たり前のことだけど、全く同じ人生なんてありえない。
つまり、君が存在しているということは、ただそれだけで価値があるんだ!
自分が関わっている世界があれば、そこで影響を受けているはずだ。
逆に、その世界に何らかの影響を及ぼしているはずだ。
君は、君の世界にどんな影響を与えてる?
その影響は、その世界にとって良いこと?
悪いこと?
スゴイことを言えば、君の存在が宇宙にどんな影響を及ぼしているのかってこと。
身近なことで言うと、家族や友人や△△町のために何ができるのかってことだ。
最近、地球はどんどん狭くなってきていて、フロンティア(最前線)がそのうちになくなっていく。
あの山の向こうに何があるんだろうとか、この海をゆけばどこに行けるのだろうとか、それらが冒険ではなくなってきた。
いらないものは、川や海や山に捨てておけば良かったけど、それらは消えてしまうんじゃなくて、どこかに残ってるんだということが実感できるようになってきた。
あらゆることの国際化が進んできて、国際人とならなきゃいけないようになってきた。
だけど、まだまだ、地球規模でみんなが物事を考えているわけじゃない。
町や県や国を捨てて、国際人だと言ってみたところで、相手にされないだろう。
自分の存在を確実にしてくれるものを、しっかりさせておかなければならない。
小さな社会を理解できないで、地球規模のことが分かるわけないじゃないか。
だから、将来国際人になるためにも、今は日本のことをしっかり勉強しておけばいんだよ。ウン!