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むてき 17号

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校則

 私のひとつ上の先輩は、中学の時、坊主頭でした。どこかの県で、髪の毛は頭を怪我から守るためにあるのだ、とかなんとか親が学校に怒鳴り込んで、坊主頭にせずに中学校の入学式に出た生徒のことがニュースになりました。そのことがあってか、全国的に中学生は調髪でもよくなって、私は、調髪で中学校に行くことになりました。
 
 もともと中学生が坊主頭でなければならない理由はないわけで、時代とともに校則などは変化していきます。校則に正当性を追求する必要などないでしょう。校則どおりに行動する生徒が、悪い生徒だと見られることはありません。それで十分だと思います。本来は、「高校生らしい服装をする。高校生らしい行動をする。」ということで、よかったのでしょうが、その解釈がまちまちになるので、具体的に規定するようになったのでしょう。そうなると、グレーゾーンは判断できなくなるので、白か黒かの基準が必要になります。未発達の子供には、グレーゾーンの中でより正しいものを発見することが困難です。ですから、白か黒かの判断を押しつけることで構わないと思っています。髪の毛が1mm長くても短くてもどうってことはないのですが、そうしてあげないと子供にはその1mmのグレーゾーンをどこまで広げていいのかが分からないのです。
 
 例えば、靴下は白だという校則があったとします。どうして、白しかダメなのか。理由などありません。だけど、白であることが悪いことではないのです。(ただ、そのまま素直に大人になると、ダークスーツに白の靴下をはくようになります。公務員に多いそうです。)ですから、白以外の靴下をはいている生徒を、叱っていいのです。どうして白でなければいけないのかと問われたら、校則だから、でいいのです。清潔感があるからとか爽やかだからなどと、もっともらしい理由など必要ないのです。ものごとすべてに理由や意味があるわけではありません。意味が分からないから行動しないなどと言うのなら、生きる意味が分からなければ生きていけなくなっていまします。
 
 生徒が、向かってきたとき、本気で「よく分からないんだ」などと答えたら、もう、ほとんど生徒のペースです。生徒は、大人に挑戦しているのです。壁にぶつかっているのです。それなのに、簡単に突破できる壁ばかりだと、子供は成長しません。増長していくだけです。壁を突破するために、大人を負かすために、子供は理屈をこねます。このとき、理屈に対して理屈で答える必要はありません。もともと校則に完璧な理論などありませんから、校則だからと答えればいいのです。子供は、それでも向かってきます。何とか理屈でねじ伏せようとかかってきます。これが、思う壺です。校則だからという答に対して、理屈で勝てるわけがないのです。話が噛み合っていないのですから。それでも理屈でねじ伏せようと考える。考えても考えてもうまくいかない。ここで、子供達は、考えることとか我慢をすることを経験するのです。世の中には、理不尽なことがいっぱいあります。校則など、些細なことです。しかし、この些細なことに子供達はエネルギーを注ぐのです。よい練習ではありませんか。校則とは何ぞや、と考えさせることができたら、最高でしょう。子供達が本気で怒るほどの頑丈な壁でありたいものです。そうすることで、社会の物事に疑問を持ち、何とか突破しようと考え、グレーゾーンにも良い悪いがあることを知る大人になっていくのです。  

 私は、中学の時、生徒会役員をしていました。運動会では、国旗を持って行進します。運動会の前日、普段、何の注意もしていなかったのに、担任の先生が言いました。「靴下は白。ライン入りはだめです。」私は、腹が立ちました。運動会当日の朝、たまたまライン入りの靴下が目につきました。私は、その靴下をはいて、堂々と国旗を持って行進しました。校則違反をしているのは、全校でたぶん私だけだったでしょう。でも、そのことに対して、何のお咎めもありませんでした。拍子抜けです。先生にぶつかってみたところで、これでは先生をいじめているにすぎません。以後、私は、もとの素直な優等生(?)にもどりました。 
 
 
  

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